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833: おさかなくわえた名無しさん 2013/09/17 23:33:50 ID:XcvqC39l
私の4歳の時の話

母、私を連れてデパートに買い物に出かける
 ↓
尿意を催し、母に訴えるも、母「ちょっと待ちなさい、我慢しなさい」で放置
私、我慢しきれずにお漏らし
 ↓
それから私、母との外出をギャン泣きで拒否するようになる
短気な母、ヒステリーを起こし「我儘を言うな!言うことを聞け!」と暴力を振るい、力尽くで連れ歩くようになる
 ↓
目撃した近所の人、保育園の先生、「すわ、虐待か?」と単身赴任中の父と児相に鳩る
 ↓
父&祖母&叔母 激怒
連係プレーで証拠と弁護士を揃え、サクッとリコーン
記憶にないがどうやら母、私をプリン相手との逢瀬に利用してたらしい

先日の姉の結婚式で久しぶりに会った母の妹に、母がK国の男性と結婚して相手の国に渡ったと聞いたので思い出しカキコ
寂しさも懐かしさもない
そちらで骨を埋めてくれ、と思ってる

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797: おさかなくわえた名無しさん 2013/09/14 19:11:57 ID:nWjXgohp
豚切ごめん

修羅場といえるか微妙だが、小学校時代の痛い話を。

小学生の頃、虫とかを捕るのが好きだった俺は、「昆虫博士」の異名を取るM君と一緒にカミキリを捕まえに行った。
場所は家の近くにあった、空き家が何軒か集まった場所で、膝丈の雑草がもうもうと生えていた。
その一角に、でかいカミキリがいる木があるっつうんで行ってみたのだが、草むらに足を踏み入れたときに悲劇は起こった。

よく見えない雑草の中に足を踏み入れた瞬間、左足に激痛が走った。
「痛ええ!」とか何とか叫びながら足を上げると、靴の底に一枚の板が張り付いている。
何だかよくわからなかったが、痛さは尋常じゃない。

んで、見直してみると、廃屋から崩れ落ちたと思しき板きれに釘が打ってあり、それを踏みつけたみたいだった。
さらに、よく見りゃ、足の甲から釘が飛び出ている・・・

M君は「うわああああ」なんて驚いていたが、俺は足の痛さよりも何よりも、当時すごく気に入っていた靴に穴が
開いてしまったことが相当にショックだったようで、

「靴がああ~!」

と叫んでいたらしい。

足は痛かったが、泣きはしなかった。丈夫なガキだったんでw
病院で破傷風の注射打たれたときの方が痛くて泣いたというorz
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836: おさかなくわえた名無しさん 2013/09/18 09:29:50 ID:t6ofjECz
十勝地方に住んでいた時、朝カーテンを開けたら鹿の群れが庭にいた時。
いろいろ食べられて荒らされた庭を見たショックと、ベランダに突っ込んできたらどうしようと脳内修羅場。
あいつら一斉にこっち見るんだ…

ハンターしている知人のお宅にお邪魔した帰りに、鹿の足を出されて持っていくか?ときかれた時。
鹿肉は美味しくて好きだけど、蹄と毛がついた食肉処理されてない足はなかなかのビジュアルでした。

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640: おさかなくわえた名無しさん 2013/09/09 19:13:28 ID:BY05/Ear
勘違いとはいえ万引きしてしまった事がある。

小学生の時、母のお使いで近所のスーパーへ一人で出かけたんだけど
当時料理に目覚めたばかりの私はフリーペーパーコーナーにお菓子の本を見つけ喜んでカバンに入れた。
帰宅してお菓子の本をウキウキ気分で堪能し、ふと表紙を見ると100円と書いてある。
今だと100均とかで売ってるミニ料理本だったんだと思う。
もう頭真っ白で「無料コーナーにあったよね?でも100円ってことは有料?私万引きしたの?でも周りの大人は何も言わなかったよ?」とパニック。
母に言ったら父に報告される!きっと殴られる!(当時の父は殴る蹴る当たり前の昔人間だった)と思ったのが一番の修羅場だった。

結局料理本は引き出しの奥にしまい込み、誰にも話せず20年経った今、部屋の整理で料理本を見つけたので吐き出し。
近所の店はなくなったけど全国チェーンのスーパーなので謝罪の手紙と共に100円を入れて出そうか悩み中。

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714: おさかなくわえた名無しさん 2013/09/13 02:12:53 ID:6p3KLvUc
もう寝るから書き逃げ
自分の人生最大の修羅場
もう5年前の話だが、自分は交通事故にあったらしい
らしいというのは、横断歩道の信号待ちしてて・・・でそれ以降の記憶がなかったから
気付いたら知らない天井
その事故があった日から一年半近く経っていた
生死をさまようレベルだったと聞いた
自分が目覚めたのを聞いて、両親が駆け付けてきてめっちゃ泣かれた
思いっきり泣いた後、信じられないことを言い出した
自分が意識不明だった一年半に嫁と子供が亡くなったと言われた
嫁は脳梗塞、子供は吐瀉物が喉に詰まって窒息死だった
まだ一歳にも満たない我が子と愛する嫁を気付いたら失ってた
あの時ほど絶望したことはなかったよ
丸一ヶ月くらい無気力で、時には嫁と子供の事を思い出して泣いていた
そんなある日、夢に嫁と子供が出てきてやんの
嫁は何も言わず、ニコニコしてて、子供はキャッキャキャッキャ笑ってた
なんか知らないけど、生きなきゃって気になって、まずは墓参り行かなきゃと思い至った
それから必死でリハビリをして退院当日にその足で墓参りへ行った
嫁と子供がいない我が家が寂しすぎるよ
今では仕事も完全復帰したけど、時々家族を思い出して泣きながら生きている

書いてたらまた泣けてきた
寝る

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599: おさかなくわえた名無しさん 2013/09/08 13:43:00 ID:/QCaE24e
挨拶って大事だと痛感した。 マンションに一人暮らしをしていた時のこと。
そこに一番長く住んでいる50代くらいの女の人でお喋りで愛想も良く管理人にも信頼されているAさんがいました。
Aさんに会えばこちらから挨拶していました。
ある日 スーパーでAさんが誰かと立ち話をしてたので邪魔してもと思い気づかない振りをして通過しました。
次の日の夜からバンッてドアを叩く音がしてドアを開けると誰もいない事が度々ありました。 なので風で何か当たったんだろうぐらいにしか気にしないで生活して居ました。

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706: おさかなくわえた名無しさん 2013/09/12 13:56:53 ID:nNWE+BN6
高校受験直前に、盲腸が破裂して死に掛けていたこと。

夜中に猛烈な腹痛と吐き気で目が覚めた。
当時、そういう症状の風邪がはやっていると聞いていたので
風邪だと思い込み、胃薬を飲んで痛みにのた打ち回りながら一晩過ごす。

(真夜中に親を起こしたら怒られると思い我慢した)

1週間経っても良くならないので、血液を調べたら白血球の数値が2万越え

これただの風邪じゃないって入院→エコー検査で腹膜炎起こしかけ発覚
後になってわかったことなんだが、大網という腹膜がきちんと機能していたおかげで
死ななかったらしい。
腹を十字にかっ捌かれてドレーンを二本通して1ヶ月入院した。
受験勉強はろくにしなかったが、公立高校も私立も受かった。

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585: おさかなくわえた名無しさん 2013/09/08 00:01:34 ID:dBKTRtS+
今日打ちっ放しで汗だくになり身体が冷えたのかお腹が渋くなった
90分のうち放題にしてたからトイレに何度も往復しながら
冷や汗かいて練習してたが
三回目のビッグウェーブで渋り腹とトイレで格闘してたら
隅っこからむかでが這い出してきた
名前を聞くだけで身震いするほどむー様が嫌いなので
失神しそうになったが腹が渋くて動けない。
ジリジリ這い寄るむー様。
足に近寄った瞬間上からそっと踏みつけて、後は宇宙の広さを考えた。
300光年先の生命のいる可能性のある惑星までヘリオスで何年かかるか割り算して
外に出たときには汗びっしょりだった。

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263: おさかなくわえた名無しさん 2013/08/29 10:53:52 ID:tZk7qO0i
中学生のころの小さい修羅場。
ひとつ下の弟とは昔から不仲でいつも殴り合いの喧嘩をしていた。
だいたいが弟からでひどいときはイスを振り回して乱闘するほど。

その日も出かけようとしたところに弟に絡まれ取っ組み合いになり
何を思ったのかたまたま傍にあったアイロンを引っ掴み弟の頭を思いっきり殴ってしまった。
頭から流れる鮮血、うずくまる弟・・
その光景を見て自分でやったことなのに「弟が、弟がしんじゃう!」とかなってオロオロ
逆に弟は冷静になってて「大丈夫、大丈夫だから」と逆に諭されこっちは号泣。
その後のことは覚えていない。弟が万事冷静に対処したんだろうということだけはわかった。
アイロンで弟を殴ったという感覚はまだ消えない。人を殴るという行為をするのも見るのもトラウマになった。
今となって文字にすると弟の修羅場だったなと未だに申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

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356: おさかなくわえた名無しさん 2013/09/02 23:17:26 ID:I2uuTpwW
現在進行形の修羅場。自分語りもあってちょっと長くなるんだけど書かせてもらう。
小学生の頃から両親は仲が悪かった。当時平屋の一軒家?に住んでいたんだけど、襖一枚だけで隔てられた向こうの部屋で毎夜両親は喧嘩していた。
自分は長女で弟が二人いるんだけど、まだ小学校低学年と幼稚園の弟がスヤスヤと寝ているっていうのに大声で喧嘩。
テレビのリモコン投げて壊すわ結婚指輪?を投げ合うわ、翌日のゴミ箱にはビリビリに破かれた家族写真が捨ててあったりもした。
静かに気持ちよさそうに寝ている弟達の寝顔を見ては、「弟達は私が守る」とか「離婚になったら兄弟ばらばらになるのかな」とか色んなことを考えながら二人の耳をふさぐように毛布を動かして起こさないように必死になってた。
破かれた写真をゴミ箱から出してセロテープでつなぎ合わせたり、捨てられてた指輪を拾って写真と一緒においたりもしたな。
でも小学生の自分はそんなことし続けるのも限界で、おばあちゃんに泣きながら両親が毎日ケンカして嫌だって電話をしてしまったことがある。
離婚してほしくないし、兄弟ばらばらになるのも嫌だって泣いて訴えて、おばあちゃんに両親を説得してもらいたかった。おばあちゃんが言ってくれたら喧嘩もしなくなるかなって、今考えると本当に馬鹿なことをしたと思う。
当然のように、すぐに話は伝わったようでお母さんにものすごく怒られた。
なんで電話なんかしたんだとか、余計なこというなとか、私の理由も聞かないでものすごい勢いで怒られた。
それからはおばあちゃんに助けを求める電話をしなくなった。というか、誰にも話せなくなった。でもそれ以来、両親の喧嘩の声は聞こえなくなった。
だけど、今度は時々パチンコに行くようになった。
夜両親が揃って家をあけることが増えてきて、でも喧嘩の声を聞くこともないし、勝つとD社のビデオとかお菓子とかゲームを持って帰ってくれるようになって、弟達も私も喜んだ。両親も私達が喜ぶのを見て笑ってくれた。
ああもうこれで大丈夫だ、と安心したけど、そううまくいくわけがない。
いつしか両親はパチンコに行くことはなくなった。喧嘩の声も相変わらず聞かずにすんでいたけど、今度はお互いの愚痴を聞かされるようになった。

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