注目の人気記事

599: おさかなくわえた名無しさん 2013/09/08 13:43:00 ID:/QCaE24e
挨拶って大事だと痛感した。 マンションに一人暮らしをしていた時のこと。
そこに一番長く住んでいる50代くらいの女の人でお喋りで愛想も良く管理人にも信頼されているAさんがいました。
Aさんに会えばこちらから挨拶していました。
ある日 スーパーでAさんが誰かと立ち話をしてたので邪魔してもと思い気づかない振りをして通過しました。
次の日の夜からバンッてドアを叩く音がしてドアを開けると誰もいない事が度々ありました。 なので風で何か当たったんだろうぐらいにしか気にしないで生活して居ました。

続きを読む

706: おさかなくわえた名無しさん 2013/09/12 13:56:53 ID:nNWE+BN6
高校受験直前に、盲腸が破裂して死に掛けていたこと。

夜中に猛烈な腹痛と吐き気で目が覚めた。
当時、そういう症状の風邪がはやっていると聞いていたので
風邪だと思い込み、胃薬を飲んで痛みにのた打ち回りながら一晩過ごす。

(真夜中に親を起こしたら怒られると思い我慢した)

1週間経っても良くならないので、血液を調べたら白血球の数値が2万越え

これただの風邪じゃないって入院→エコー検査で腹膜炎起こしかけ発覚
後になってわかったことなんだが、大網という腹膜がきちんと機能していたおかげで
死ななかったらしい。
腹を十字にかっ捌かれてドレーンを二本通して1ヶ月入院した。
受験勉強はろくにしなかったが、公立高校も私立も受かった。

続きを読む

585: おさかなくわえた名無しさん 2013/09/08 00:01:34 ID:dBKTRtS+
今日打ちっ放しで汗だくになり身体が冷えたのかお腹が渋くなった
90分のうち放題にしてたからトイレに何度も往復しながら
冷や汗かいて練習してたが
三回目のビッグウェーブで渋り腹とトイレで格闘してたら
隅っこからむかでが這い出してきた
名前を聞くだけで身震いするほどむー様が嫌いなので
失神しそうになったが腹が渋くて動けない。
ジリジリ這い寄るむー様。
足に近寄った瞬間上からそっと踏みつけて、後は宇宙の広さを考えた。
300光年先の生命のいる可能性のある惑星までヘリオスで何年かかるか割り算して
外に出たときには汗びっしょりだった。

続きを読む

263: おさかなくわえた名無しさん 2013/08/29 10:53:52 ID:tZk7qO0i
中学生のころの小さい修羅場。
ひとつ下の弟とは昔から不仲でいつも殴り合いの喧嘩をしていた。
だいたいが弟からでひどいときはイスを振り回して乱闘するほど。

その日も出かけようとしたところに弟に絡まれ取っ組み合いになり
何を思ったのかたまたま傍にあったアイロンを引っ掴み弟の頭を思いっきり殴ってしまった。
頭から流れる鮮血、うずくまる弟・・
その光景を見て自分でやったことなのに「弟が、弟がしんじゃう!」とかなってオロオロ
逆に弟は冷静になってて「大丈夫、大丈夫だから」と逆に諭されこっちは号泣。
その後のことは覚えていない。弟が万事冷静に対処したんだろうということだけはわかった。
アイロンで弟を殴ったという感覚はまだ消えない。人を殴るという行為をするのも見るのもトラウマになった。
今となって文字にすると弟の修羅場だったなと未だに申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

続きを読む

356: おさかなくわえた名無しさん 2013/09/02 23:17:26 ID:I2uuTpwW
現在進行形の修羅場。自分語りもあってちょっと長くなるんだけど書かせてもらう。
小学生の頃から両親は仲が悪かった。当時平屋の一軒家?に住んでいたんだけど、襖一枚だけで隔てられた向こうの部屋で毎夜両親は喧嘩していた。
自分は長女で弟が二人いるんだけど、まだ小学校低学年と幼稚園の弟がスヤスヤと寝ているっていうのに大声で喧嘩。
テレビのリモコン投げて壊すわ結婚指輪?を投げ合うわ、翌日のゴミ箱にはビリビリに破かれた家族写真が捨ててあったりもした。
静かに気持ちよさそうに寝ている弟達の寝顔を見ては、「弟達は私が守る」とか「離婚になったら兄弟ばらばらになるのかな」とか色んなことを考えながら二人の耳をふさぐように毛布を動かして起こさないように必死になってた。
破かれた写真をゴミ箱から出してセロテープでつなぎ合わせたり、捨てられてた指輪を拾って写真と一緒においたりもしたな。
でも小学生の自分はそんなことし続けるのも限界で、おばあちゃんに泣きながら両親が毎日ケンカして嫌だって電話をしてしまったことがある。
離婚してほしくないし、兄弟ばらばらになるのも嫌だって泣いて訴えて、おばあちゃんに両親を説得してもらいたかった。おばあちゃんが言ってくれたら喧嘩もしなくなるかなって、今考えると本当に馬鹿なことをしたと思う。
当然のように、すぐに話は伝わったようでお母さんにものすごく怒られた。
なんで電話なんかしたんだとか、余計なこというなとか、私の理由も聞かないでものすごい勢いで怒られた。
それからはおばあちゃんに助けを求める電話をしなくなった。というか、誰にも話せなくなった。でもそれ以来、両親の喧嘩の声は聞こえなくなった。
だけど、今度は時々パチンコに行くようになった。
夜両親が揃って家をあけることが増えてきて、でも喧嘩の声を聞くこともないし、勝つとD社のビデオとかお菓子とかゲームを持って帰ってくれるようになって、弟達も私も喜んだ。両親も私達が喜ぶのを見て笑ってくれた。
ああもうこれで大丈夫だ、と安心したけど、そううまくいくわけがない。
いつしか両親はパチンコに行くことはなくなった。喧嘩の声も相変わらず聞かずにすんでいたけど、今度はお互いの愚痴を聞かされるようになった。

続きを読む

このページのトップヘ