2014年08月

789: 名無しさん@HOME 2014/02/06(木) 10:54:26.49 0
長いのでいくつかに分けると思います

去年の夏頃から体調が崩れ始め、体全体に痛みが広がり、目眩が酷く、歩いてる感覚がなくて壁伝いに歩くようになりつつあった。
病院行ったけど原因不明。怪しげな民間療法とかにもすがるようになっていた。

そんな時、父方の祖母が勧めた医院に藁をもすがる思いで行ってきた。
が、それが結構危険を伴う治療だったらしく、翌日私は喉が腫れてお腹は空くのに食事が喉を通らない。
その上でなんか身体中が痺れて震えが止まらない。
医者に電話したら「それくらい大丈夫ですよー」と軽い返事。
別の病院にもいくつか電話したけど、かかった所で診てもらえの一点張りで断られた。
母は救急車呼ぼうか?と言ってたけど、流石にそれは抵抗あって、
父は落ち着け。早く治したいと思って焦って色々するからそんなことになるんだ。騒ぐ気力あるなら死なないとか言っていた。
なので、混乱しつつもなんとか我慢してたらその次の日には落ち着いた。

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751: 751 ◆9zFadPLITY 2014/02/04(火) 04:23:24.53 0
大学生になってすぐ、母の不倫が発覚したこと。厄落としに書くので長くなります。
少し前提を挟むが、うちは両親が中2の時に離婚し(原因は父の浮気)、その2年後に母が再婚。
その時はあまり深く考えずだったが、まだ前父との夫婦関係が続いている間に、母もよそで浮気をして恋人を作っていたことになる。それが義父。
余談だが、義父も母と付き合っていた頃は妻子持ちだったらしいので、いわゆるW不倫というやつだ。
母は離婚前に前父の浮気をひどく非難していたが、今にして思えば「お母さんも人のことを偉そうに言えないよな」という感じ。
前父とはあまりいい思い出がなかったので、私や弟の養育費を出してくれ、前父以上に愛情を注いでくれる義父には感謝しっぱなしだった。
ここから書くことが私(当時大学生)や弟(当時高校生)の修羅場になる。

東日本大震災が起きたあの日。
私の住んでいる地域でもそれなりの揺れを感じ、母・私・弟の三人でリビングに集まって緊急地震速報や東北のひどい惨状をテレビで見ていた。
ふと、母が私たちから少し離れたところで、携帯で誰かに電話しているのがわかった。
最初は父に連絡を取っているものだと思っていたのだが、口調や態度から察するに、明らかに父ではない誰かと話している。
さらに、母は携帯の受話音量を最大にする癖があったので、電話口からは父ではない男性の声が漏れ聞こえていた。

その時点で私は嫌な予感を感じていた(後で聞けば弟もこの時点で「ん?」と思っていたらしい)。
その日の夜、両親が寝静まってから母の携帯の発着信履歴・送受信メールの内容をすべて改めた。
完全に油断していたのか、それともバレるわけがないと舐めていたのか、携帯にはパスがかかっておらず、どうぞ見てくださいと言わんばかり。
結果は真っ黒。様々な愛の言葉が囁かれた文面や、中には過激な内容のものまで、メールからありとあらゆる証拠が見つかった。
まさか震災がきっかけで母の浮気が発覚するなんてね。なんとも言えない気持ちになったよ。
さすがに相手の名前を本名では登録しておらず、「Sweet.○○」という風に登録されており、本名はわからずじまい。

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694: 名無しさん@HOME 2014/02/03(月) 01:31:10.15 0
聞いてください・・私は結婚出産後、人工肛門になりました。
その事実は義実家の父母を知っています。

何回か実家に言っていますが、処理は人の見えないところで、トイレでやっています
まだ合わないのか、テープ負けも酷いので圧迫感のある服は着られずほぼマタニティみたいな格好で過ごしていますw

そこで着物教室をやっている義母参上。みるだけでもいいの。無料だから観覧席に座ってくれないかしら、と。
まあちょっと座ってるくらいなら問題ないし、承諾しました。
ですが、それで収まるわけなんてないですよねー。着物教室の長の母と、長い付き合いの生徒さんが
必死に私に着物を着せようとしてくる。
「1回着てみたら人生変わりますから!」「○○ちゃん、私に恥じかかせるつもり?」もうマタニティ服は脱がされそうw
私は必死に抵抗、「私、身体的に問題があって着物が着られないんです!」義母「そんなの知ってるわよ、たかが人工肛門でしょ!」

その一言で義母以外の私に絡んできてた人はすすっと後ろへ下がった。申し訳なさそうな顔で。
「あ、それは本当にお着物だと手当てが大変ですね・・・」「二部式もあるんで、興味があったらおっしゃってくださいね」
以外にも人工肛門について無知だったのは義母だけだった。
どうやら義母は、人工肛門は腹につくのではなくて肛門を機械に取り替えただけのものだと思っていたらしい。

初対面の人にストーマついてるところは見られるわ、しかも空っぽじゃなかったし
義母は自分の無知を棚に上げて、嫁ちゃん着物楽しめないなんて損してるわよねー!と触れ回ってる(泣)

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666: 名無しさん@HOME 2014/02/01(土) 18:57:44.82 0
中二病も行きすぎるとやばいと実感した
実家は田舎の本家、近くに分家の方も住んでいました
本家分家とありますが確執とかはなく仲の良い家族の延長という感じでした

結構広い田畑を持っていましたが自分は引き継ぐつもりはなく両親も耕す人が居ないので、農業をやっている分家の方に譲ることになりました

多少月日は経ち自分も実家を出て一人暮らしをし大学に入りやりたい仕事の内定も貰い久々に実家に顔を出すことにしました
お土産も実家分と分家の方の分もしっかり買い戻りました

さっそく実家にお土産を渡した後分家に向かいお土産を渡したら喜んでくれてちょっとお茶をいただくことになりました
何気ない雑談をしていたら分家の息子さん(中学生)がやってきて

「この土地を捨てた愚か者がなぜここにいる 土地神様の怒りに触れたくなければとっとと失せるがいい…」

と言い放ちフラフラとどこかに行きました

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642: 名無しさん@HOME 2014/01/31(金) 12:29:17.69 0
間違い電話で思い出した

携帯持つ前、まだまだ仕事では下っ端で深夜過ぎまで職場に残ったりで
やっと数日ぶりに朝方自宅に帰って寝てた
それでも6時間くらい後には出掛けなきゃ行けなくてグッタリ
仕事上、時間帯問わずチーフや同僚から電話が入るんだ
で寝入りばなに電話鳴って出ると「○○さん出して!あんた誰!」と若い女性の声
間違い電話だと言ってもきかないので、違いますから、と一方的に切った
また時間をおいて電話が鳴る
「○○さんにやっと教えて貰った番号だから、違うはず無い!彼出して!」のくりかえし
「あんたが電話に出なければ、彼が出るはず、電話鳴っても出ないで!」
とうとうこんな事言い出す始末で、あと数時間で仕事に出るし、もういいやと電話線抜いた

そのあと数日、留守電にこの女性らしい無言電話入ってたよ
疲労と寝不足で参ってたときに、キーキー一方的に騒がれて、電話鳴らされたのは拷問だった

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630: 名無しさん@HOME 2014/01/31(金) 11:27:15.48 0
んじゃ、話の流れ変えてみよう。

たいした修羅場じゃないかもしれない。
24歳くらいの時の話だけど、事務職してた。
会社の人ともまぁまぁな感じで仕事してたんだけど、ある日携帯に非通知で着信が。
その頃は父が非通知設定になってるままで電話かけてくることもあって
非通知でも電話に出てたんだ。

んで、電話に出ると知らない女の人がいきなり怒鳴って来た。
この人をAとしよう。

A「あなた、うちの主人と付き合ってるんでしょう!?」

もちろん、私は「は?」ってなりますよね。

私「は?どちらさんですか?掛け間違いじゃないですか?」
A「間違えてない!うちの主人とフジコフジコ!」

意味分からない因縁つけられたので、無言で切った。


続きます

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611: 名無しさん@HOME 2014/01/31(金) 08:07:53.87 0
一年程前のかなり不快な気分になった修羅場

三年程前にお隣さんが亡くなり、半年間空き家だった所に賃貸契約を結んだ形でY一家という父母子供3人婆さん1人という構成の家族が越してくる事になったらしい。
そしていよいよ越してくる段になって少しばかり驚きの事実が判明した。Yという人物、何かは伏せるが元プロの人間だった。テレビにも出たことある位の元有名人って感じ。
それはさておき前の住人のお婆ちゃんとはそこそこ仲良かったんでそんな事は関係なしにまた隣の人とは仲良く出来るといいな~なんて親と話してた。
しかしいざ越してきたら、引っ越しの挨拶もしにこないわ、傍若無人な態度だわで近所から少しばかり遠巻きに見られてる状態に。

越してきてしばらくすると、とりあえず父親(以降Y)がクソみたいな奴と判明した。
Yの怒鳴り声と子供の鳴き声がしょっちゅう聞こえる(たまに警察も来ていて、最終的に子供の内1人は精神病んで施設に行っちゃったらしい)
車で仕事から帰ってきたら家の前でクラクションをうるさい位鳴らして帰ってきたアピール、家の人が誰も出てこないとその後キレる。
その車(ちなみにベンツだった)も家にある駐車スペースに入れずに、面倒だからかその駐車スペースの前に駐車してた。やんわりとやめるように言ってもガン無視。
そんな場所に停めるとうちの車が大通りに出るのにわざわざ遠回りしなきゃいけなくなってたし、戻ってくる時も大回りしなきゃいけなくなってた。

それが半年以上も続き、いい加減イライラもかなり募ってきてたのでうちの母親がガチの文句を言いにいった。

続きます。

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593: 名無しさん@HOME 2014/01/30(木) 21:20:56.29 0
逆恨み?の被害者に3回なった。
1回目は弟が農家の一人娘と婚約したとき。
弟が向こうのご両親に農家は継がない宣言。
婚約者(元だけど)も継ぐつもりはないし、気に入らないなら縁を切ってもらって結構と啖呵を切る。
向こうの両親が弟が娘をたぶらかしたと我が家を襲撃し大暴れ。
むこうの父親が弟に向かって鎌を振り上げたのでとっさにかばったら肩にさっくり刺さって警察沙汰。
俺は後遺症で肩がほとんど上がらなくなった。

で、2つ目。
そのあと当然向こうの父親は塀の中へはいり、婚約は破断。
すると元弟婚約者が、ストーカー化。
障害者の兄貴が死ねば結婚してくれる!と脳内変換。
結果、仕事帰りに思いっきり車でひき逃げされ生死をさまよい、一生車椅子確定。

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569: 名無しさん@HOME 2014/01/30(木) 15:38:26.12 0
車の運転中、信号停止のためにブレーキを踏んだら変な手応えがあった
元々じわじわとしか動いてなくて、ブレーキを踏んだ力もごく軽いものだった
なんだろう?と思いつつも、信号が変わり走り出した
数分走った後、カーブの手前でスピードを落とすためにブレーキを踏むと
スカスカした手応えで、全くスピードが落ちない
慌ててサイドブレーキを使うが、それもダメ
幸いそんなにスピードが出ていなかった為カーブは曲がれたが、全身から冷や汗は吹き出て、頭は真っ白だった
時期に交通量の多い道に出る、小学校も近く児童も多く通る
絶対にその道に出る前に車を止めなければ、と強く思った
頭の中に、嫁や親の顔がチラチラして、心臓がバクバクした
はっきり考えたわけではないけど、最悪自分が死んでも車を止めるしかない、と覚悟をしたと思う
俺はヘタレで、何をどうすればいいかも分からなくて全身が震えてハンドルを握る手もガクガクしていた
その時、道に左側の先にガソリンスタンドが見えた
数日前まで営業していたのに、チェーンがかけられ事務所が半分解体されていた
もうここしかない!と思い、ハザードを点滅させっぱなしにして後続車が距離を開けたのに安心して
閉鎖せれたガソリンスタンドにハンドルを切って突っ込んだ
はじめガリガリとチェーンに引っかかる感触があって、後はもう目を閉じて頭をかばった
気が付くと救急車が見え、目の前に白い塊があった
ああ、エアクッションだこれ、と思っていると、救急隊員の人が名前や何かを聞いてきた
ぼんやりしながら「誰かけが人はいますか?後続車を巻き込みませんでしたか?」と聞くと
後続車も無傷で、その車の人が救急車を呼んでくれたのだと教えてくれた
俺はそのまま意識を失って、次に気がついたのは病院だった
全治3週間のムチウチと打ち身の軽傷で済んだ

車はぐちゃぐちゃで、ブレーキが効かなった原因は中で何かが折れたためらしいとしか分からない
朝のラッシュ時で、もともと40キロ前後のスピードしか出てなかったのと
チェーンがワンクッションになったのと、ガソリンスタンドの壁にぶつかる前に
積んであった廃材にぶつかりかなりスピードが削がれたのが幸いだった

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545: 名無しさん@HOME 2014/01/30(木) 02:40:49.97 0
長くなります、すいません

とある年の夏に、俺の友達が死んだ。突然の心筋梗塞で倒れたということだった。
本当に突然の事だったし、まだ歳も若かったので最初は冗談だと思ってしまった。
けど、それは冗談じゃなくて事実だと知らされたとき、ショックを受けた。
俺は新幹線の中で落ち込みながら地元に帰っていた。

「何でこんな時に死んだんだろう」とか「いいやつだったなぁ…」という気持ちでいっぱいになり、
もっと地元に帰ってその友達と遊ばなかったことを後悔し始めていた。実際、地元に帰って遊んだのは2回ほどだった。
葬式には彼の親族と高校時代の友達、会社の同僚と思われる人物が何人か参列してた。
勿論、そこには彼の嫁も。

しばらくして、ビールやら寿司を食べながら親族や友達との話し合いが始まりました。
ビールを飲んでも、全然酔える気にならなかった。高校時代の友達と飲んでも楽しくなかったのはそれが初めてだった。
そんな時、とある友達がニヤリと笑いながら言った。
「ざまあみろだよな、○○のやつ」○○とは、死んだ友達の事だ。

なんでそんな風に言うんだろう。俺は少しイラっとして、「そんな事言うなよ」と言おうとすると別の友達が言った。
「だよな、死んでくれてよかったわ」
意外だった。彼らは死んだ友達と同じサッカー部の人たちだったし、高校時代は随分仲がよさそうだったのに
だから最初は何かの冗談だと思っていた。だが、話を聞いているうちにそうでない事を知った。

実は中学の時からかなり嫌なやつで、金に汚いのは勿論、高校時代からは他人の女にはちょっかい出すわと評判が最悪だったことを知る。
人に対する嫌がらせは度を超えていたらしい。それで火傷の跡が残ったやつがいたり、心に傷を負ったやつまでいたようだった。
更にもっといやらしいことに、そいつは自分がやったとばれないように、事故だったと思わせるようにやっていたという事だ。
俺はそんなやつだとも知らずに、今までいいやつだと思っていた自分が恥ずかしくなってきた

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