学校・教師

 
481 : 2008/04/28(月) 13:47:06 ID:Gh4KrqMc0
微妙に男女の修羅場を思い出したので投下。
物凄く長くなりました。ごめんなさい。
中学時代のいじめからの脱出なので、嫌な方は読み飛ばしてください。

登場人物:当時全員中2
     ○○、私。女子。いじめられっ子。
     A、中学から一緒の男子。同クラス。野球部。
     B、私と同じ小中学校。男子。他クラス。いじめっ子。サッカー部。
     C、同上。Bの取り巻き。バレー部。
     D、同じクラスの女子。ちょとだけ仲良かった。

小中学生の頃、男子にいじめられてた。
女子には無視されてた。巻き込まれたくないからっていうのと、
男子のいじめ内容に引いて遠巻きに見られてたっていう感じだった。
先生にも親にも相談した事はあったけど、毒親だったし
一時的に収まるだけでしばらくしてからより陰険に酷くなったので
自分のどこが悪いのか分かってて直せる所は直してたけど、
目つきが悪い、貧乏とかは直しようがなくて
生きててごめんなさい位の勢いでひっそりというか、
こそこそと生活してた(それもいけなかった)。

中2の時に何故かそんな私に親切にしてくれる男子(A)が現れた。
そのA以外の男子たちには蹴られたり水かけられたり散々な目にあってたので、
Aに挨拶をされたり教科書を見せてとか言われるだけで、私は怖くて挙動不審になってた。
それでもAは私に親切にしてくれてた。

なんでAは親切なんだ、怖い、何か裏があるんだと怯えていたある日、
私の美術の提出物(絵)が他クラスに紛れ込んだらしくて、
放課後に小学校の時からいじめに参加してたBとCが持ってきた。
Bはただ「これ紛れてた、誰の?」と、声を掛けるだけだったけど、
Cは絵をラウンドガールみたいに高々と掲げて教室中の人に見えるように見せびらかしてた。
ていうか、名前が書いてあってすぐ分かるはずだからそれもいじめの一つだったんだと思う。
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597 :おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/ 2016/02/13(土) 13:45:42 ID:cwNBwXX2.net
「武」ではないが胸がスーッとした話。

キリスト教系の私立小学校で、当時としては珍しく中高と同じ教科担任制だったので、担任の先生に
教わるのは国語と社会だけで、算数、理科、体育、音楽、図工、聖書は別々の先生だった。

その中で、図工の先生の価値観の押しつけが激しくて、あるテーマで自由に絵を描くはずなのに
ちょっとでも自分の考えと違うとその場で画用紙を破られて、結局は皆ほとんど同じような絵を
描かされるような、無意味な授業だった。図工と音楽は、その道から専門家を講師として雇っていて
(私立はそういうことができるそうだ)、児童心理などはまったく無頓着な人のようだった。

ある日の授業で「家族」というテーマで自由に描けということになったが、相変わらず同じような
価値観の押し付けをしてきて、祖父母との思い出を描いていたら「何なのこの絵は!ふざけてるの!」と
破ろうとしたので「やめてください。祖父母との大切な思い出なんです」と初めて抵抗した。

その態度に先生は「あたしの授業に文句があるなら出て行きなさい!」と激怒し、私を教室を追い出した。
ちょうどそこに担任が通り掛かって事情を聞かれたのでこれまでのこともすべて話した。担任は図工の先生に
掛け合ったが「そんなふざけた絵を描いている子に教えるつもりはありません」などと息巻いていた。

担任の先生は「じゃあ、教室に戻ってその絵を完成させて、私のところに持って来なさい」と私を教室に戻した。
絵を描き上げて先生に持って行くと「この絵を先生に預けてくれる?」と言い、そのまま渡したら、先生はその絵を
県の美術コンクールに内緒で出展してくれた。結果は金賞、全国コンクールにも出品されて、そこでも金賞を獲った。

後日、そのことが朝の礼拝で発表され、壇上で表彰されて拍手喝采を浴びた。その件が関係するのかはわからないけど、
図工の先生は翌年は別の先生に替わっていて、楽しみの授業へと変わった。
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102 :名無しさん@おーぷん 2015/10/29(木) 06:48:00 ID:5hc
バスで隣に乗ってたJKのおな中らしい私服女の子が途中から乗ってきて話し始めた
上手く書けないんで箇条書きにするが、私服の子が言うには
・学園祭で料理部が模擬店で売るためにお菓子を沢山焼いて家庭科準備室においてた
・私服娘と悪友数人で先生を騙して鍵を借りて準備室に入り込んで保管してあったお菓子を食い荒らした
・翌日バレて犯人全員校長室に呼び出し問い詰められたけどバックレてた
・鍵を渡した先生や現場に忘れてきた物とかで犯行は完全にばれてたが
 私服娘と仲間達はバックレればいけると思ったのでバックレ続けた
・校長ガチ切れ
・泥棒の上に反省もしない生徒なんかいらん!お前等退学しる!
上記のいきさつを興奮気味に話した上で、「校長酷いよね!たかがお菓子で退学とかないよ!」
「私全然悪くないのに!」とバス中に響き渡る声で言い続ける私服娘が衝撃的だった

話し下手でスマン
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111 :名無しさん@おーぷん 2014/05/24(土) 18:32:46 ID:???
親が経験した修羅場。

小学校の修学旅行は毎年長崎1泊2日の旅程だった。
複数の町をまとめて1つの地区とし、その地区内の小学校が順番に同じ旅程をたどるという、先生たちからしたら何とも楽な設定になっていたのだが、
その年だけ例外が発生。
2日目に訪れる予定の島原市で普賢岳という活火山が活発化しており、一部住民が避難する自体になっていた。
しかし、メイン観光地である市内中心部は火山の影響はない!と学校側は判断し、地区の修学旅行は決行され、順番づつ長崎へ旅立っていった。
当時は毎日頭上を自衛隊のヘリが長崎方向に飛んで行くのを毎日見ていたし、なんだか異様な雰囲気だったのを小学生でも感じていたのに、今思えばよく決行したなと感心する。

お約束の通り、私の小学校が修学旅行中に普賢岳が大爆発。
この噴火で初めてのタヒ者が出るほど大きな爆発だった。
幸いその日、私たちは1日目の長崎市内巡りをしており、火山とは別方向にいたが、当時は携帯なんてない時代、
情報が満足に入ってこず、親たちから学校への電話と、学区内での混乱がすごかったらしい。
これはまだ小学校低学年だった妹から後で聞いた。普賢岳の事は覚えていない妹が、親や近所の混乱っぷりは覚えていた。
しかし、その頃の私たちといえば、島原市の一歩手前、雲仙の温泉に泊まっており、テレビ視聴が一切禁止されていたので何も知らず。
のんきにお土産選びやまくら投げとかして思いきり遊んでいた。

翌日、朝食の時に先生から普賢岳の爆発が発表され、2日目の予定が変更される旨の説明を受けた。
その話を聞いても「あー、自分らに当たったかー」と思った事しか覚えていない。
というか、その日はもう島原市は完全に封鎖されていて、道にカーキ色のつなぎ?を着た自衛隊が立っていた。ジープみたいなのもあった。

2日目の予定が丸々つぶれ、どこにも行くところがないため、雲仙の小さな公園で時間を潰した。
帰りは予定時間よりも大幅に早く帰ってきた。
戻ってきた小学校は、親や祖父母などの家族が沢山いて、何か凄い熱量で出迎えられて少し面食らった。そこまでなっているなんて当時は夢にも思ってなかったから。当人たちが一番冷静?だったんじゃないかな。
その日の夜は妹が私から離れなかった事をよく覚えているので、送り出した方は相当大変だったみたい。
オチなく長文スマソ
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282 :名無しさん@おーぷん 2016/07/19(火) 01:27:21 ID:ZSz
子どものころの衝撃体験。
フェイクありだし、記憶がおぼろげなところもあるので変だったらごめんなさい。

小学生のとき、すごく優しい生徒指導の先生がいた。
何か悪いことをした子がいたら、叱るんじゃなくて諭す。
私が特に覚えているのが、音楽室の黒板が落書きでめちゃめちゃに荒らされた時のこと。
掃除当番だった私たちがそれを見つけて先生に連絡。
子どもの数も多いし犯人なんか分からなかったんだけど、その先生は黒板の隅に
「誰でしょう。君たちはとても良い子たちです。それなのに、とても嫌な言葉を黒板に落書きして。」
「良いことではありませんよね。悪いことをすると誰かが悲しみます。今、先生はとても悲しい気持ちです。」
みたいな事を書いてくれた。すごくきれいな字の縦書き。
それ以来落書きはなくなって嬉しかった。
いつも穏やかに微笑んでいて、皆その先生のこと好きっていう印象。
もちろん怒る時もあったんだけどね。

でもある日、その先生が学校に来なくなった。
不思議に思っている内に親が学校に集められたり、テレビに校長先生が出てたり。
すごく学校中があわただしくなったことを覚えている。
まあ、早い話、先生が逮捕されていた。
しかも罪状が恐喝だった。
当時は恐喝なんて言葉よく分かってなかったけど、母に「怖い言葉で脅すことだよ」と言われて心底たまげた。
え、生活指導の先生だよね?嫌な言葉で黒板が荒らされた時、なんとかしてくれた先生だよね?みたいな。
おまけに、これはもうちょっと年齢が上がってから教えてもらったけど、余罪に性的なものもあるというあわせ技。

あのすごく優しそうな先生が…って思い出すとあの黒板の優しい字も思い出されて、すごく複雑な気持ちになる。
「何でそんな事を」とか「先生なのに」とか「あの言葉は嘘なのか」とか。
人って言うのは見た目では分からないし、裏で何考えて何やってるか心底分からない、得体の知れないものなんだって学んだ体験。
ふと思い出して、何か怖くなって吐き出してみた。
長文乱文ですみません。
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